象々の素敵な日記 古本屋の日記

象々の素敵な日記

織田作之助賞とわたし、

といっても、わたしと玄さんが私達なりの「夫婦善哉」を生きていると云う以外には何の繋がりも無いのですが、ひょんなことから授賞式へ招待されましたので、ふらりと、物見遊山、田舎の、古本青年、キョロキョロと……。なんせ、世間様にいっつも謝っているような暮らしぶりなもんで、まわりの人が皆偉い先生のように思えて、なんだか、目がまわるような、なんの、根拠もなく、そこらの人に悪口を云ってしまいそうな……。「やい、澄ました顔をしやがって、今、俺のことを笑ったろう」なんて云いだしかねない、のを、自身澄ました文学好きポーズで自信満々の着席。さて、なにが聞けるのかと式の進行を見守る(別に、見守られたくもないでしょうが)。

さてさて……

始め、略。

途中略。

……。

受賞者の津村記久子さんの言葉(象々訳)。

「努力をしたとかどうとか、そんな生温い意識で書いてはいけないのだ。努力なんてもので語られる人間の領域よりももっと厳しい場所で必ず何か誰か何所かに届くものを人間でないものとなって書かなくてはならない、という気持ちで、日々書くことに立ち向かっている」

 

と、わたしの頭の中では聞こえた言葉に、ひどく、感動する。必敗が文学の定めであるとしても、見果てぬ絶対の高みを目指さなくてはならないと、たどたどしい(ほんとうははっきりと力強い意思を持った)声は語ったのだと、勝手に解釈する。

 

略。

略。

 

そんで、お待ちかね、飲み放題のパーティー。まあ、阿呆なワシは、このために呼ばれたようなもんだろうと、なかなか誰も手をつけないテーブルの寿司やオードブルをどんどん皿に盛って、ビールとワインとウイをまとめてもらう。あちこちで、名刺交換が始まる。そのような光景を見るのは、はじめてなので、少し奇妙な感じを受けるが、ここは文学賞を媒介にした社交場なのだと、納得する。なるほど。ここは大人の世界である。わしも、名刺を持ってくればよかったと多少後悔するも、だんだん楽しくなって来て、そんなことはどうでもよくなる。とりあえず、呼んでいただいた堂垣せんせいには迷惑をかけなかったので、よし。そして、

古本屋の日記 2012年3月10日