象々の素敵な日記 古本屋の日記

象々の素敵な日記

さらに、失くす。

泣きたいくらいだ。

また、本が、消えた。

昨日大切にしまい込んでいた本が失われていることに気づき、あちこち空しく探しまわったわけですが、その捜査の途中で、おや、こんな本があったのかと、小さな発見。手痛い損害を、小さなお得でちょこっと心慰めたわけなのですが、さて、今日、その本をネットに上げようと探したところ、はて、どこを見てもあっちをひっくり返しても、はたして、見つからない。あれは、幻であったか。神様の、意地悪なのか。さすがに、これは、ただ事ではない。こんなに、なくなるのは、なにか、非常な凶事か、あるいは非常な幸運か、その、どちらか、人間を見下ろす偉大なものの、そのゴブリンみたいな手下からの、先触れに違いない。わたしの身に、何が起こっているのか?両手を広げて見つめる。右足左足を交互にあげて、なにかしらん確認する。家に人に、わたしに何事が起こっているのか問うてみる。「はあ?……別に。いつも通りちゃうか?」

 

ものを失くす。手ひどく、ギャンブルで負ける(先輩によると、虚無への供物……)。確かにわたしだと思っていたわたしを、ある日、見失う。なんでもかんでも、どこかへなくしてしまって、それでもなお、安堂寺橋の急坂をチャリで登っているこの老木のごとき身体。

 

なくなってもなくなっても骸骨と言葉だけは残るでしょうか?

 

 

古本屋の日記 2014年6月11日